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私のうつ病体験記

私のうつ病体験記

うつ病の苦しみは人に言っても理解してもらうことが出来ず、独りでただ悶々とする日々を送るばかりです。       

私は37歳頃に3年に及ぶうつ病の体験があり、その時の心の苦しみたるや筆舌し難いものがありました。       

その時の体験をここに赤裸々にお伝えすることによって、あなたの心の苦しみを共有させて頂きたく思うと同時に、うつ病を克服するためのお手伝いをさせて頂きたく思います。
                                
うつ病を患って辛く苦しい日々を送っている方が、長尾ヒーリングによって一日も早く快方に向かわれることを願ってやみません。 
    

自己喪失'

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うつ病で苦しい日々を送っていたあの頃、「ふと気がつくと本当の自分がどこかへいってしまっていない」と思うことが度々ありました。
兎に角、やる事なす事が今までの自分とは全く違っているのです。

私は生来、人を疑うということを知らない人間だった筈なのですが、うつ病になった時の私は猜疑心のかたまりのようになってしまって、人の言葉は例えそれが家族であっても何一つ信じることが出来ないし、仮に誰かから優しい言葉をかけられても「何か裏があるのではないか」と思ってしまう自分がいるのです。

だから心の中は常に疑心暗鬼に満たされていたし、不安や取り越し苦労ばかりしていました。
そんな今までとは違う自分のことを “今の自分は自分であって自分ではない”という不思議な感覚に苛まれたものです。

今の自分という人間が本当の自分ではないとすると、この自分(そう思っている自分)は一体何者なのか?
分からない・・・・・・。自分がどこか遠くへ行ってしまった。或いはいなくなってしまった、と思っている自分がいる。

それでも、時には心穏やかな時があって「俺はこんなイヤな人間ではなかった筈だ。本当の自分は一体どこへ行ってしまったのか?(自己喪失とでもいうのであろうか)、思うこと行うことの多くが“自分であって自分ではない”のです。

言葉では自己喪失とは言うが、こればかりは経験しないと分からないもので、自分を失うということほど虚しいものはないと思います。

ある時、部屋で仰向けになってしばらく天井を見つめていると虚無感で涙が溢れ、やがて頬を伝っていく涙が氷のように冷たかったのを今でもはっきりと覚えています。

“自分がどこかへ行ってしまった”という自己喪失感は、今となればその理由がはっきりと分かるのですが、その当時の私には知る由もなかった事です。

ウツの回想

   
そよ風 

今から32年前・・・・・・・、
うつ病を患って3年を経過した8月のある日、外は真夏の太陽が照りつけていた。

来る日も来る日も何かがのしかかっている様に心が重く、独り公団住宅の部屋に閉じこもってただうなだれていた。

体温を越すほどの猛暑でタラタラと流れ落ちる汗を拭きもせず、苦しさや切なさや自己嫌悪、或いは自己憐憫など様々な思いが交錯して悶々としていた。

昨日も、そして今日も朝からずっと・・・・・・。

部屋の片隅であぐらをかいてうなだれていた。
固まっていた。

ひと間おいた向こうのキッチンで水道の蛇口から水がポタポタと落ちている音が聞こえる。

その音はやがて人の声となった。
(幻聴か?いいや、確かに誰かが喋っている。俺の悪口を言っている)

「幻覚だよ」と自分に言い聞かせるがいつしか声に耳を傾けている。1時間もそうしていただろうか。

深いため息をつきつつ「これではいけない!」と思って心の方向転換を試みるも尚も聞こえる声。

「疲れた・・・・」

ランニングシャツ一枚になってもひたたり落ちる汗。時計を見ると午後4時近くになっていた。 照りつける西日を背に受けてうなだれている自分の影が長く倒れている。

「あっついなぁー」とつぶやきながらベランダに出て腰を下ろす。
物干し竿に通された幼い娘たちの肌着やタオルが風にそよいでいるのを見るともなく見ていると、涼風が顔を優しく撫でていった。

そしてややもして、又一陣のそよ風が私の体を包みこんで通り過ぎていった時、えもいわれぬ涼しさが心をも和ませてくれたのだ。

昨日も今日も、ずっとずっと心を苦しめていた俺。
自分を愛することが出来ないし、誰からも愛されていないとずっと思っていた俺なのに、

自然は・・・・・・、
そよ風はこんなにも俺に優しい。

風の優しさに涙が流れた。とめどなく・・・・・・。
そよ風は“自分を愛せよ、自分に優しくせよ”と囁いてくれたかの様に感じたのだ。

もう自分を責めるのはやめよう。

この世で一番大切な自分を責めていて幸せになれる訳がない。
「自分を大切にしよう」そう思った時、すぐそばに優しい妻や幼い娘たちがいることを知った。

俺は独りぼっちじゃなかったのだ。

「神さま、私はいつか必ずこの苦しい心の病を克服し、やがて同じ病に苦しむ人々の光になります。どうぞ神さま、私がうつ病を克服したその時は神さまの道具としてお使い下さい」と神に誓いをたてたのだった。

そう思った時、涙は消えていた。

今も忘れはしない、
一陣の涼風が私の心を安らぎの世界、愛に満たされた世界 へ導いてくれた事を・・・・・。

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わずか一日でうつ病を克服

私がうつ病を克服したのは神に誓いをたてた翌日のことだった。

当時、町田市で建築業を営んでいた兄に電話をした。

「兄貴、明日っから俺に仕事をさせてくれないですか」
とそう言うと兄は「よし分かった。では明日の朝7時に八王子にある法政大学の建築現場へ来てくれ」との返事だった。

翌朝6時に起きて支度をするのはとても辛かったが、ここで負けては何にもならないと一念奮起して現場へ向かったのだった。

仕事はというと、朝8時から夕方5時まで建設資材を運ぶばかりでまるで土方同然の仕事だった。
3年ものブランクがあったので午後になると肉体は極限状態になったのだが、この肉体の主人である心は安易な妥協を許さなかった。

重労働で倒れそうになると弱り切った肉体を鼓舞させるために神だのみ、仏だのみをする以外にどうする事も出来なかったのだ。

宗教をしている訳でもないのに「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」とお経を唱えながら資材を運んだあの日の事は生涯忘れることはないだろう。

こうしてこの日一日が終わって家路に着いた頃、俺のうつ病は今日で終わったのだということを実感することが出来たのだった。

その後、2年を経過した頃に長尾弘先生に出会い師事。
うつ病の特効療法である浄心療法のご指導を受けたのだ。

この項の最後に、
今にして当時の事を思えば・・・・・・・、
私は本当に治りたいと思っていたのかどうか?
治りたい。
もういやだうつ病で苦しむのは・・・・。
そう思いながらも一面において治りたくないという心理が心のどこかで働いていた様に思う。
その心理を紐解くと、働かなくていいから。
働かなければ楽だし周りが気遣ってくれるからと、そういう怠け心があったに相違ない。
それが私の本質だったのではないかと、今にしてそう思う。



心の病と向精神薬について

千奈美さん 処方箋

肉体の病は辛いものですが、肉体はあくまでも従者であり心が主人です。
その心が病むことほど辛いものはありません。

また、物質である肉体の病は薬で治ることもあるでしょうが、私たちの目には見えない心は決して薬では治らないという事を知るべきだと思います。

この様な事を書くと医師法に抵触するでしょうが、私は自らの体験を通してこの事をお伝えしなければならない義務があると自負しています。

今現在も向精神薬を服用されている方は、是非当院Florence癒庵の浄心療法をお受けになって、その後で判断されて下さい。
これからも向精神薬を服用し続けるかどうかを・・・・・・。

浄心療法は心のデトックス

長尾ヒーリングによる浄心療法は心のデトックスです。
何回も通う必要はなく、たった一度だけで完治された方が多数おられますので、費用のご懸念についてはご安心下さい。

それでも尚経済的に困難な方は善処させて頂きますので電話にてご相談下さい。
また、遠方の方に限り、無償にて電話による遠隔治療をさせて頂きます。

電話→0557-86-2501

体験は信頼

      岩手県大船渡市にて
                    東北の被災地にて

前記しました様に、私は過去において心の病で塗炭の苦しみを味わいました。
その体験を通してうつ病で苦しまれている人々を救済するお手伝いをしたくて治療家になりました。

だからあなたの心の苦しみは痛いほど分かります。

体験しているということは信頼につながります。
心の病ばかりは体験しない限り、その症状や苦しみが理解できる筈はありませんし、心の苦しみを共有することは出来ませんから・・・・・・。

うつ病克服体験記

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